薬の副作用で 歯茎が 腫れてしまうのは なぜですか?
もくじ
歯肉肥厚という副作用
アムロジピンなどジヒドロピリジン系で有名な副作用で、菅野氏の機序別分類では以前は薬物毒性型でしたが、最近では薬理作用型に分類されています。そこで歯肉肥厚の薬理作用型副作用について検討します。
①歯肉肥厚とは
歯茎が腫れてくる副作用で、口の中が痛み、食事がしにくくなります。局所的な副作用のため軽度の副作用分類になりますが、患者さんのQOLに大きな影響を与える副作用でもあります。
ある医療系団体の副作用モニター情報(319)#1を見ますと、1年3カ月間でのアムロジピンの副作用報告が130件あり、そのうち皮疹15件、歯肉肥厚15件、めまい・たちくらみ10件、ほてり10件、その他となっており、歯肉肥厚が決してまれな副作用ではないことが示されています。
また2症例が紹介されており1例はアムロジピンの中止後4カ月で治癒、もう1例は中止後に歯科受診して歯肉部切除により治癒とあります。いったん、歯肉肥厚になってしまうと中止しても治りが遅いことがうかがえます。歯肉肥厚が発症した場合は、多くの添付文書で薬剤を中止する指示が出ています。
なお歯肉肥厚は歯垢(プラーク)が増悪因子とされ③−(2)項の内容と矛盾しますが、プラーク管理で予防・治療に効果があるとされています。
②歯肉肥厚の副作用がある薬とは
アルフレッサ社のSAFE-DIで副作用検索してみたところ、前記のアムロジピンを始めとする全てのジヒドロピリジン系のCa拮抗薬、他系統のCa拮抗薬であるジルチアゼムやベラパミルと、Ca拮抗薬で共通の副作用になっています。その他ではシクロスポリン(免疫抑制剤)、ミコフェノール酸モフェチル(免疫抑制剤)、バルプロ酸ナトリウム(抗てんかん薬)の3成分しかありませんでした(2019年9月現在)。
従って、歯肉肥厚はCa拮抗薬に特徴的な副作用といえそうです。
③歯肉肥厚の発症機序
前記の副作用モニター情報の記事によると機序の詳細は不明ですが、次のような2つの機序が考えられています(他の機序もあるかもしれませんが今回はこの2機序に絞って検討します)。
(1)歯肉にある線維芽細胞へのCa流入が減少し、コラーゲンの分解が抑制されるため。
(2)歯肉における末梢動脈(より拡張)と末梢静脈の拡張がアンバランスになり歯茎での浮腫やうっ血となり、それにブラッシングなどの刺激が加わり炎症が起こるため。
(1)、(2)ともにまさにCa拮抗薬の特徴的な薬理作用と言えるので、歯肉肥厚は薬物毒性型ではなく薬理作用型の副作用と言えそうです。
④コラーゲンの復習
1.コラーゲンとは
③−(1)から歯肉肥厚にコラーゲンが関わっていそうなので、コラーゲンの基礎的な部分をおさらいしてみましょう。
コラーゲンは線維性タンパク質で体の中のタンパク質の実に30%を占め、真皮、靱帯、腱、骨、軟骨に存在して、細胞外のタンパク質として細胞や組織を支える役割をしています。
2.コラーゲンの構造の特徴
コラーゲンはアミノ酸が約1000個つながったタンパク質が3本寄り集まった3重らせん構造を取っています。分子量は約30万の巨大なタンパク質になります。
特徴的な構成アミノ酸としてヒドロキシプロリンとヒドロキシリジンが含まれています。またグリシン含有量が30%、プロリンとヒドロキシプロリンの含有量が10~30%(生化学の本により異なる)と特徴的に多く、さらに特徴的な配列として「−X−プロリン−グリシン−」と「−X−ヒドロキシプロリン−グリシン−」の繰り返し構造が多く存在しています(Xは任意のアミノ酸)#2。
3.コラーゲンの生合成
コラーゲンは主に線維芽細胞で合成されます。コラーゲン専用のDNAがあり、そこからmRNAが転写されコラーゲン分子が合成されます。ヒドロキシプロリンは通常存在しないアミノ酸なので特殊な水酸化酵素がタンパク質合成後にプロリンに作用して出来上がります。
4.コラーゲンの新陳代謝
体内のタンパク質は古くなり機能しなくなると異常なタンパク質と認識され除去され、新しいタンパク質に置き換わるシステムがあります(たとえばユビキチンプロテアソーム系の分解酵素は、古くなった細胞内タンパク質の80%を除去します)。細胞外タンパク質のコラーゲンも例外ではなく分解されます。ただし、コラーゲンは頑丈なタンパク質なため通常のプロテアーゼでは分解されません。そこで作用するのが、活性中心に金属イオンが配位したマトリックスメタロプロテアーゼ(以下、MMP)になります。この酵素活性に必須の金属イオンが亜鉛(Zn)やカルシウム(Ca)になります。MMPは複数の種類が存在しており、大きく膜結合型と分泌型に分かれます。そして、MMPはコラーゲンの3重らせん構造の特定部位を3本同時に切断できると言われ、その後変性しゼラチン化し、さらに分解されていきます。
5.結局、Ca拮抗薬による歯肉肥厚とは?
あくまでも個人的な推測になりますが、③−(1)の発症機序では線維芽細胞内へのCa流入阻害が歯肉肥厚を起こすという説明でしたが、おそらくCa拮抗薬によって歯肉にあるMMPを合成する細胞内(必ずしも線維芽細胞とは限らない)への酵素活性に必須のCaの供給が不足して十分には機能しないMMPが出来上がるため、古くなった細胞外コラーゲンが分解されなくなり歯肉内に蓄積して、それが肥厚として現れてくると考えられます。また活性のあるMMPの寿命(どれくらいかは不明です)も関連するので、その酵素の寿命が尽きて細胞外へ供給できる酵素数が減ってきた時期(つまりCa拮抗薬をある程度連用しているうちに)に肥厚が起こりやすくなると言えます。連用した後に発現する副作用なので毒性型と勘違いしやすいかもしれません。
6.それでも残る疑問
MMPを合成できる細胞(線維芽細胞も含めて)は体のどこにでもある細胞ですし、コラーゲン自体もいろいろな細胞の外に存在しているわけですから、体のあちらこちらで似たような症状が出てもよいのではないか? なぜ、歯肉にだけ肥厚という副作用が出てくるのか? そう思いながらアムロジピンの添付文書の副作用欄を再度見直してみましたが見つかりません。あえて言えば「関節痛」、「筋肉痛」がコラーゲンの蓄積で生じた関連症状かなと思いましたが不明です。
そもそも③−(1)の機序の関与は少なく、それより③−(2)の末梢動脈拡張と末梢静脈拡張のアンバランスによる歯肉浮腫説が納得しやすい気がしてきました。実際に浮腫という副作用が特に高用量時に見られ、また下肢浮腫も多いと言われているのですから。しかし薬理作用型だと比較的早期に発現するはずですが、連用後しばらくしてから発現するという歯肉肥厚の特徴が少々説明しづらくなります。
結局、問題提起だけになりました。
⑤まとめ
以前学んだことも、時代を経ると内容が変わってくるという例でした。情報収集には常にアンテナを張っていなければなりません。どのツールで普段からの情報を得るかを考える必要もありそうです。
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