なぜ現代日本人はこんなにもこころの病にかかってしまうのか。
「正式な病名がついて、救われました。」「病はあなたのせいじゃない。」
性依存になるのは男性が圧倒的に多数で、女性は少数派です。女性に多いのは、買い物依存、ギャンブル(パチンコ・パチスロ)依存、過食・拒食、そして最近とくに目立って増えているのが「クレプトマニア」(窃盗癖)です。窃盗が病気なのかと思われるかもしれませんが、国際疾病分類(ICD︱10)にも「病的窃盗」として規定されているこころの病です。
窃盗にもいろいろありますが、クレプトマニアの場合はほとんどが「万引き」です。計画性はなく、スーパーやコンビニに入って手近なものを盗って店を出てきます。本人にお金がないわけではなく、盗んだものがどうしても欲しかったわけでもありません。盗みをはたらく瞬間のスリルや、成功した瞬間の満足感・高揚感に取りつかれているのです。
盗んだものをなに食わぬ顔で持ち帰る常習者もいますが(日用品の8割を万引きでまかなっていたとする者もいました)、店を出たとたんに後悔の念にさいなまれその場で捨てていたとか、まれに現場に返していたという者すらいます。利益のためではなく、万引きという行為そのものに依存している証しです。
都内在住のある50歳の女性は、夫と子どもが3人いる見た目にはごくふつうの主婦ですが、万引きで何度も警察につかまりました。
最初の万引きは学生時代、同級生が何度もやっているのを見て「あんなに簡単に盗めるんだ」と好奇心から自分もやってみたのだといいます。案の定見つかることもなく1回きりで終わったそうですが、そのときの緊張と興奮はこころに強烈に刻まれたのでしょう。
それから何十年も経ったある日、夫婦間の不和やママ友同士の人間関係のストレスが重なって、ふとした出来心からお菓子を盗んでしまいます。その瞬間、学生時代の記憶がフラッシュバックのようによみがえり、スイッチが入ってしまったのです。それからというもの、チャンスがあると「やってみよう」という衝動を抑えられなくなったそうです。
何度も警察につかまり、そのたびに夫が呼ばれ謝罪します。夫に離婚されてしまうかもしれない、家族も崩壊してしまう――わかっていてもやめることができません。自己嫌悪にさいなまれ「死にたい」とすら思うようになり、でも気がつけばまた棚にある商品に手が伸びているのです。
彼女はインターネットでたまたま「クレプトマニア」というこころの病があることを知り、また夫に「専門病院できちんと治療を受けなければ離婚する」とまで言われ、やっとの思いでクリニックにやってきました。
彼女のような人たちを、私たちはどうあつかったらいいのでしょう?
警察に何度つかまっても懲役を科されても、彼女らは万引きをやめられません。被害にあったスーパーやコンビニは出入り禁止になるでしょうが、そうなればほかのお店でやるだけです。社会生活を送ろうと思えば買い物をしないわけにはいきませんから、依存の対象(お店)に近づくなというのも現実的ではありません。やはり、本人と周囲がこころの病であることを自覚して、治療を受けるほかはないのです。
とはいえ、これは依存症全般にいえることですが、治療にはたいへんに根気がいるうえ「どれだけ取り組めば完治する」という見込みも立たないのです。アルコール依存症には「抗酒薬」(服用しているあいだはお酒を受けつけなくなる)がありますが、クレプトマニアには「窃盗抑止薬」などはありません。スーパーもコンビニもないような人里離れた病院に入院しても、退院すればまた同じような環境に戻ってしまいます。
では、どうするか? まずは通院とデイナイトケアで、正しい生活のリズムを作ることから始まります。睡眠や食事、日々の行動の不規則でこころと体のバランスを崩し、ストレスから衝動的に盗んでしまうケースが多いからです。また、さまざまなプログラムを通じて「盗まなくてもこころの平静を保てる生きかた」を学んでいきます。
それから、行動にいたるきっかけ(引き金)を探し、それを回避するための対処方法を学びます。日常生活で買い物をしないわけにはいきませんが、たとえば本人が「店員の監視が手薄とわかるとついやってしまう」傾向に気づいたならば、あえて店員が多い時間帯やお店を選ぶといったリスクマネジメントが可能になります。
医療機関での治療を終えた後は「自助グループ」に参加して、互いに悩みを打ち明けたり報告しあったりということを継続します。依存症はしばらくおさまったように見えても、いつどんなきっかけで再発してしまうかわかりません。同じ経験や悩みをもつ人たちとの人間関係のなかで“やめ続ける努力”が必要になるのです。