もくじ
実は10代より多い「40代の予期せぬ妊娠」

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「14506件」。2020年度の1年間で人工妊娠中絶をした40代女性の数だ。中絶件数全体の1割以上を占め、実は20歳未満よりも多いのです。
40歳前後以上の“オトナ世代”の予期せぬ妊娠について、当事者の声を募ると、子育てや介護、キャリアの節目と重なるこの世代ならではの難しさが見えてきた。
なぜ、“オトナ世代”が予期せぬ妊娠に至るのか。女性たちの声から実態に迫る。
「私がこの年でまさの妊娠」子育て、仕事……直面する課題は山積します

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九州地方に暮らすトモミさん(仮名・42)が妊娠に気づいたのは、ちょうど1年前。めまいなど突然の体調不良に襲われた。
若いときは確実に避妊をしていたが、パートナーも年齢的に妊娠しないと思っており、40代になってからはコンドームをつけなかったという。
「本当にまさか、と思いました。『高齢になると不妊治療が大変』という情報が世の中にあふれているので、私自身も40歳を超えてもう大丈夫なんじゃないか、という気持ちになっていました。
閉経するまでは自然妊娠の可能性があるという知識が足りなかったし、真剣に考えていなかったと反省しています」(トモミさん) 現在、高校生の娘がいるトモミさん。
20代の初産では妊娠中毒症(妊娠高血圧症候群)になり、入院するほど苦しい経験をした。
40代の体で出産まで耐えられるのか。多感な時期の娘との関係はどうなるのか。離れて暮らしていたパートナーと何度も話し合った末に人工妊娠中絶を決断した。

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子育て中の“オトナ世代”は、予期せぬ妊娠でいくつもの決断を迫られる。
小学1年生と4歳の2人の子どもを育てながら、夫と共働きをしている三毛猫さん(仮名・40)。
予期せぬ妊娠をしたのは、下の子が4歳になるのを機に、キャリアや収入のために時短勤務からフルタイムに戻そうと決めた矢先だった。
妊娠が分かる数カ月前から生理周期が急に変化して不順になっていたため、早めの更年期が来ているのかと思い、妊娠するとは全く想像していなかったという。
「夫が『コンドームつけると気持ち良くない』と言うので、機嫌を損ねないよう迎合してしまっていました。
自分でも腑に落ちませんが……。
妊娠が分かった瞬間、金銭面、キャリア、ワンオペの不安が一気に頭を駆け巡りました」(三毛猫さん)
気持ちが揺れ動いていた妊娠10週目に流産。
流産の手術も心身のダメージが大きく、「もう二度とこんな思いはしたくない」と夫に伝えた。
しかし最近になって夫から「あのとき仕事の話を出して中絶の可能性を示唆したことが許せない」と言われ、愕然としたという。
「産んでもワンオペで3人を見ることになるのは目に見えていて、妊娠も出産も産後のキャリアの断絶も体の負担も私だけなのに、
この人に何が分かるんだと思いました。
自分は出産の痛みも産後の回復も関係なく仕事も時短にしなくていい。あまりに理解がなくてすごくショックで、いまだにしこりが残っています」(三毛猫さん)
「もう避妊しなくていい」だから「膣外射精で十分」と考えた希薄な避妊意識が甘かった

厚生労働省「母体保護統計報告」「衛生行政報告例」より作成
「予期せぬ妊娠」というと、10代など若い世代の妊娠や中絶がニュースなどで大きく取り上げられがちだ。
しかし厚生労働省の統計では、40代の中絶件数は20歳未満を上回る。人工妊娠中絶の総数はこの20年間、大幅に減少し続けているが、世代別でみると40代の中絶件数は最も減少率が低くなっている。
この背景に何があるのか。
大阪市内の産婦人科クリニックの佐久間航(さくま・こう)医師は、40代で予期せぬ妊娠に至った女性たちと長年向き合ってきた。
その多くが夫との間での妊娠で、すでに子どもがいる夫婦も少なくない。 佐久間さんはこう説明する。
「30代後半・40代以上の世代では、年齢的なことや経済的なことなどから、
中絶を選択する方も珍しくありません。
『40超えたからもう子どもできへんわ』っていう意識は皆さんあると思うんですけど、
排卵が起きている限りは妊娠の可能性があります」
「相手の男性側も同年代かちょっと上の年代で、『もう大丈夫や』と
避妊の意識が希薄だったりして、若い人に比べると無防備かなと感じることもあります。
『ちゃんと避妊しとったんですけど』と言うのでどんな方法か聞くと、『膣内では出しません』みたいな。
膣外射精は避妊じゃないですよっていうのはお伝えしていますけども……。
経験則で『これまで妊娠しなかったから今回も大丈夫だろう』というのが一番危ないんです」
今年8月、性に関する意識や経験について、一般社団法人SRHR Japanと共同でインターネット調査を行った。
調査結果からは、40歳前後以上の“オトナ世代”の避妊意識に関する課題が浮かび上がった。

NHKとSRHR Japanによるインターネット調査「性と生殖に関する健康と権利についての意識調査」をもとに作成。
性行為経験のある20~50代男性852人が回答
主な避妊方法を尋ねたところ、全ての世代で圧倒的に多いのがコンドームの使用。
一方、40代と50代男性では15%ほどが「膣外射精」と回答し、20代男性の4倍以上にのぼった。
射精の前から分泌液の中には精子が含まれていて妊娠する可能性があるため、
膣外射精は有効な避妊法ではないとされている。
また女性主体の避妊方法であるピル(経口避妊薬)の使用率は、
20代女性で12.7%だった一方、40代と50代女性では4%以下だった。
背景には、40歳前後以上で新たにピルの服用を開始する場合、
血栓症のリスクが高まるとされていることもあると考えられる。
そうしたリスクがないとされる「ミニピル」などが海外では使われているが、日本では未認可だ。

NHKとSRHR Japanによるインターネット調査「性と生殖に関する健康と権利についての
意識調査」をもとに作成。20~50代の男性950人・女性990人が回答
多くの避妊方法は100%確実なわけではない。
しかし、「避妊しても妊娠することがある」ことを男性の約4割が知らない、という現実も浮き彫りになった。
自分で避妊を決められなかった後悔

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避妊についての知識があっても、夫婦の間で十分にコミュニケーションが取れていないケースもある。
関西地方に暮らすユルさん(仮名・61)は、息子と娘の2人を子育て中だった38歳のときに予期せぬ妊娠をした。
結婚以来、コンドームをつけないセックスが続いていたという。
「夫は『僕は(膣外射精が)うまいから』と言っていました。
結婚当初から『そうじゃない』と思っていたのですが、言えないままずるずる10年以上が経ってしまっていました。
コンドーム以外に女性主体で決められる避妊方法があることも当時知らなかったので彼だけを責める気はありませんが、
『避妊してください』と言えなかったことに今でも後悔が残っています」(ユルさん)
当時は上の子どもがようやく小学校に上がったばかりで、
義母の介護にも奔走していた時期。2度の出産は帝王切開だったため、
3回目の手術に耐えられるかどうかも不安だった。
子どもは好きだったが、夫婦の話し合いの末、中絶を決めた。
その後、夫とのコミュニケーションを変えようとしたが、難しさも感じている。
「避妊を『ちゃんとしてね』と言えるようにはなりました。
でもそういう行為がそこから減ってきたのは否めないです。
自分がそうだったので、息子にも娘にも避妊について伝えました。
娘には『(避妊してと)言えないような人とは付き合わないで』と言っています」(ユルさん)
NHKの調査で「避妊をするかどうか、誰が決めているか」を尋ねたところ、
「パートナーが決めている」と「その場の流れで決まる」と答えた人は
男性で21.6%、女性で28.9%。特に40代、50代の女性では3割以上が
「避妊を自己決定できていない」ことが分かった。
産婦人科医の佐久間さんは、予期せぬ妊娠や中絶の相談を受けたあとは必ず避妊方法についても伝えているが、
パートナー間の関係性まではなかなか踏み込めないもどかしさを感じている。
「40代以上は特に『性について口にするもんじゃない』という世代で、正面から避妊について話すことが難しい。
夫との力関係のために『避妊して』と言い出せなかったり、
ご本人も避妊について考えることをやめてしまったりしているようなケースもあります。
やっぱり何でもコミュニケーションなので、夫婦でしっかりコミュニケーションが取れるって大事になると思います」
避妊は男性にも教えてほしいと思う

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取材の中では、避妊を学び直す必要を痛感している、という声も寄せられた。
40代前半で、3人目の子どもを予期せず妊娠したカオリさん(仮名・49)。
夫婦で産婦人科を受診すると待合室は女性ばかりで、
病院からは「ご主人は院外で待機してください」と指示された。
医師から、40代の予期せぬ妊娠が多いことや女性主体の避妊方法に加えて、
男性の避妊や避妊手術についてもひとりで説明を受けた。
それを後から夫に伝えなければならないのがつらかったという。
「正直、男性の避妊については私を経由するよりも直接説明してもらったほうが理解できると思います。
全身麻酔をして中絶手術するという話や、生死に関わることだというのも、
先生から夫に直接説明してほしかったです。
夫はその後もコンドームをつけずにしようとして、その場その場で拒否しているのですが、
この人分かってないんだな、と思ってしまいます」(カオリさん)
コンドームをしていても装着に失敗したり破れたりするなどの恐れもあると知り、
男性ができる確実な避妊法として
「避妊手術」についても夫に提案してみたが、話し合いにはならないまま流されてしまった。
いま、性行為自体が嫌だと感じている。
「夫のことは尊敬していてパートナーとしてはずっと好きでいると思いますが、
行為については無理かな。もうリスクは取りたくないです。
胎児の命や妊娠出産の体の負担を考えれば、
避妊手術をしてもいいんじゃないかと思うのですが、
(夫には)中絶のことが軽く受け止められているのかな。
重みがやっぱり男女で違うのかなと思います。
予期せぬ妊娠は女性の問題として取り上げられますが、男性はどう思っているんでしょうか。
男性同士でも話してほしいし、どういう考えを持っているのかを知りたいです」(カオリさん)
産婦人科医の佐久間さんは、子どもや若者の性教育が近年注目されている一方で、
“オトナ世代”の学びなおしについても考えていく必要があると指摘する。
「セックスは非常に大事なコミュニケーションで、年齢を重ねても夫婦生活を持っているのはすばらしいこと。
ただやっぱり、安心してセックスに向き合える環境が一番大事です。
若い世代には少しずつそういう意識が浸透してきているのかなと思いますが、
30代、40代の方はそこが抜け落ちたままだったりする。
中年になって改めて避妊について産婦人科に話を聞きにいくのは勇気がいると思うんですね。
性に対する抵抗感、恥じらい、表立って言うことじゃないという微妙な感覚を払拭していきたいです」